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  • ダビッド トゥルーベック

どのように私たちはエルサレムのために祈り、働きかけるべきでしょうか


📷Israel in my heart forever ヘブライ語の「Shalom」は一般的には「平和」と訳されます

Shalomは日常的に使われる挨拶だけでなく、ユダヤ人がメシアが来て、王座につく日を待ち望む永遠の希望を表してもいます

預言者イザヤは預言をしたように(イザヤ2:4,11:6)、狼は子羊をともに寝るようになり、戦争の道具は農業の道具にかわり、国々は完全に調和して暮らすようになるのです

イエス様を信じる者として、私たちは神との平和をもっていることを知ることは素晴らしいことです(ローマ5:1)

なぜなら、平和の君は私たちの内に住まわれるからです

私たちはまた、主が戻ってこられたときに主のShalomのすばらしさを体験できることを待ち望んでいます それまで、私たちは完ぺきではなく、罪に染まった世界に生き、来るべき王国の大使として奉仕する喜びを持つことになります

私たちはまた、ダビデが詩篇122:6で言われる通りエルサレムの平和のために祈るとき、

それは実際的な、戦争や解決できないと思われる紛争によって分断された個人や都市、国家の心に、メシアを通した主の平和がもたらされるように祈っていることを理解します

今日イスラエルの平和についてのチャレンジは、地政学的な問題と同時に、精神的なものも存在します

聖書は、メシアが再臨するまでイスラエルと近隣諸国との対立が続き、さらに激化すると預言しています

私たちは希望を持ち続け、祈り働くことをとおして一時的な戦争のない日常が主の存在の恵みがあふれることを願います

しかし、中東の真の恒久的な平和は、メシアなしには究極的には不可能です

では、メシアが来る前の今日、私たちはエルサレムの平和のためにどのように祈り、働けばよいでしょうか

ユダヤ人に対するあなたの氏名は、イスラエル人に福音を伝えることによって中東に平和と希望のメッセージをもたらすことであり、私たちは主がイスラエルの地の至るところで一人一人に平和をもたらしているのを日々目にしています。今日、イエスを信じるようになったユダヤ人は皆、主の憐れみのしるしであり、主がご自分の選ばれた人々を忘れておられないこと(ローマ11:25-29)、そしていつの日か、ご自分の時に、主は御言葉の残りの約束を果たすために戻ってこられることの証拠なのです。

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