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  • ダビッド トゥルーベック

なぜ神はファラオの心を頑なにされたのか?



それどころか、神はファラオの心を頑なにし、彼がイスラエル人たちをすぐには解放しないようにされました。出エジプト7章3節


ラシ(中世の優れたヘブライ語聖書注解者の一人)はこの箇所について注解を述べ、神がファラオの心を頑なにすることなく5つの災いを与えたことに注目しました。


今日、ラシの注解に基づき、この質問に対する個人的な答えを分かち合いたいです。


神はすべての人に善と悪を選択する自由をお与えになりました。神は人の自由意志を尊重されるのです。


そして、ファラオの自由意志に基づいた選択をみる時、神はファラオが彼の願いと反抗的な心に従うままにされたのがわかります。


5回とも、ファラオはモーセの呼びかけとイスラエル人たちの苦しみの声に応じることをしませんでした。それどころか、ファラオは心をより頑なにしていったのです。


言い換えれば、ファラオは彼自身、そして彼と神との関係に対して、自らの運命を決めつけてしまったのです。


ファラオは変えられることを拒絶しました。彼が神の存在を認識したときでさえ、「心を頑なにし」と書かれている彼の高慢な心は、彼の国であるエジプトに何度も災いをもたらし、ついには彼の家族にまでその影響が及びました。


善なるものは永遠に善なるものですが、悪には全人類の贖いのための神の永遠のご計画に沿うために悔い改めと変革が求められます。聖書はいのちであり、天の父なる神に対して心を頑なにすることがない人々にいのちを与えます。


しかしながら、ファラオの物語は全被造物の父なる神がその恵みと愛に「限度」があることを教えています。この世の終わりに、神は苦しむ者たちを擁護されるので、世界の権威者たちは神の「限度」を犯したり無視したりする事がないよう心がける必要があります。


義と愛、そして福音をイスラエルの地や日本のユダヤコミュニティで分かち合うために私たちの持つものを捧げようではありませんか。使徒パウロが述べたように、イスラエル、そして「神の家族」のために祈りましょう。エルサレム、イスラエル全土で、日本の島々をも創造された世界の創造主なるイスラエルの神の御言葉を宣言するため、飢えた者に施し、福音を分かち合い、出版し、教え、講義し続けることができるように、私たちの働きにもぜひご支援くださいますようお願いします。

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