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  • ダビッド トゥルーベック

ユダヤ人としてのイエスを理解しなければ、イエスという人物を完全に理解することはできない

イエスはシナゴーグに行き、神殿に行き、律法と戒めを守りました。また、聖書の価値を認め、さらに、書かれていることを修正しようとする意図を非難しました(マタイ5:18-19)。


 イエス様が非難されたのは、一部の宗教指導者の偽善、つまり、律法の文字には強い態度で臨みながら、律法の精神を置き去りにしている人たちでした。イエスがパリサイ人や律法の教師たちを完全に否定しているという誤解があります。しかし、イエスは彼らの厳しさや偽善を非難しますが、彼らの機能や教えを否定するものではありません! このことは、イエスがこう言われた事で明らかです。「律法の教師やパリサイ人たちは、モーセの座に座っている。だから、あなたがたは彼らに従い、彼らの言うことをすべて実行しなければならないが、彼らのすることをしてはならない。彼らは説くことを実践しないからである。」(マタイ23:2-3


Photo by Shlomi Znati イエスが、「神がユダヤ人に啓示したもの」とは異なる新しい宗教を始めるために来られたとは、どこにも書かれていません。イエスの教えは、「神の国がイスラエルの人々の中に到来した」ということであり、新しい民族でも、新しい宗教でもありませんでした。「悔い改めと新生のメッセージ」だったのです。


 イエスの生涯と宣教のすべての出来事は、昔の預言者たちが、イスラエルに対する神の特定の約束を実現して来られる方の生涯と宣教について予言していたことと調和しています。イエスの中には、イスラエルの信仰と、イエスがすべての信者に期待している信仰とが完全に一致しています。


 最後に、イエスが弟子に選んだ人々を考えると、イエスがユダヤ人であることがわかります。私はよく説教の中でこの点を指摘します。「イエスは弟子や教会の土台となる人を間違って選ばれた」と冗談めかして言うと、聴衆は驚いていました。


 もし、イエス様が誰を任命すべきか「私のアドバイス」を求められたとしたら、私は違う12人を提案しただろうと言います。イエスの新しい「哲学」の正当性を論じることができる3人のギリシャ人を選んだでしょう。そして、影響力のあるローマ人を3人加えていたでしょう。なぜなら、成功するためには「適切な場所に人脈がある」ことが常に重要だからです。そして、大衆の尊敬を集めるために、イスラエルの支配階級の中で優れた人物を3人加えていました。そして、荷物を運ぶガリラヤの漁師を2人、会計係の公務員を1人加えて、12人を完成させていたでしょう。


 しかし、そうではありませんでした。イエスは、ご自身のメッセージを伝え、ご自身の復活の証人となるために、平凡で、単純で、素朴な12人のユダヤ人を選ばれたのです。

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