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  • ダビッド トゥルーベック

ローマ人への手紙11章の奥義。

パウロはローマ人への手紙11章25節で、"兄弟たち。あなたがたが…この奥義(ミステリー)を知らずにいてほしくはありません。” と書いています。


この奥義とは何でしょうか? 

使徒はそれを説明しました。「異邦人が満ちるまで、イスラエルには部分的な硬化が起こっており、その結果、イスラエルはすべて救われるのです。これは、わたしが彼らの罪を取り除くときの、彼らとのわたしの契約である』と書かれているとおりです」(ローマ人への手紙11:25b-27)。





明らかにされるべき奥義は、神の忠実さを示すように、すべてのイスラエルがいつか救われるということです。


使徒パウロがローマ11章で主張しているように、神はご自分の民を拒絶していません。


パウロは、神がユダヤ人を神の目的から永遠に排除したのではなく、それは一時的なものであり、「神の賜物と召しとは、取り消すことのできないものです」(ローマ11:29)と理解していました。ユダヤ人には、世界救済のドラマの中で果たすべき役割がありましたし、まだあるのです。


ゼカリヤ書は、イスラエルが主に立ち返る日のことを書いています。「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと嘆願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見て、ひとり子を失って嘆くかのように、その者のために嘆き、長子を失って激しく泣くかのように、その者のために激しく泣く。」(ゼカリヤ12:10) その日、神は ダビデの家とエルサレムの住民に、恵みと願いの御霊を注ぎ、彼らが刺したイェシュアを見るようにされるのです。


ゼカリヤは、主の足がオリーブ山に立つことを思い描いています。オリーブ山は真っ二つに割れ(14:4)、その後、主は敵を裁かれます。


その日、ユダヤ人たちは『祝福あれ、主の御名によって来られる方に』(マタイ23:39)「主の名によって来る者は幸いである!」と叫ぶでしょう。その時、主はユダヤ人を救い、敵を征服し、エルサレムに御自身の王座を確立されます。


イスラエル、日本、ブルックリン、ロサンゼルス、シカゴ、ウェストパームビーチなど、世界中のユダヤ人が、主が主であることを認める日が来るのです。このような未来への希望と理解が、今日のチョーズン・ピープル・ミニストリ(Chosen People Ministries)での私たちの活動の指針となっています。


私たちがこのミニストリーを続けることができるのは、皆さんが私たちのために執り成してくださり、パートナーになってくださるからです。あなたも私たちと一緒に、神に選ばれた人々にメシアを伝えるために、祈りと資金面で私たちのミニストリーをサポートしてみませんか?

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