Search
  • ダビッド トゥルーベック

1187年以来、閉鎖されたままの神殿山の東門。再び開かれることはあるのでしょうか?


📷 Spirit of the Holy Land


エルサレム旧市街は、8つの主要な門を持つ壁に囲まれています。東門は、キデロン渓谷を挟んでオリーブ山に面しており、神殿の山に最も直接的にアクセスできるという特徴があります。東門をくぐることができれば、ユダヤ教の神殿があった場所のすぐ近くまで行くことができるのです。


イエス様がオリーブ山からエルサレムに入られたとき(マタイ21章)、彼は現在の東門(またの名を「黄金の門」)と同じ場所にある門を通られました。


エルサレムの東門は、「黄金の門」や「美しの門」とも呼ばれています(使徒3:2)。ヘブライ語では「シャアル・ハラハミム」、つまり「慈しみの門」と呼ばれています。


東門は、オスマン帝国のスルタン(支配者)であるスレイマン大帝の命令によって封鎖されました。


東門の封鎖について、多くの預言者たちが注目しています。たとえばエゼキエル書には、東門に関する記述がいくつかあります。エゼキエルは、主の栄光が「主の家の東の門の入り口」から神殿を出て行くのを見ます(エゼキエル10:18-19)。そして、その栄光は都の東にあるオリーブ山へと移動します(11:23)。その後、エゼキエルは、主の栄光が「東門」から神殿に戻るのを見ます(43:1-5)。


「彼は私を東向きの門に連れて行った。すると見よ、イスラエルの神の栄光が東の方から現れた。その音は大水のとどろきのようで、地はその栄光で輝いた。私が見た幻は、かつて主がこの町を滅ぼすために来たときに私が見た幻のようであり、またその幻は、かつて私がケバル川のほとりで見た幻のようでもあった。私はひれ伏した。主の栄光が東向きの門を通って神殿に入って来た。霊が私を引き上げ、私を内庭に連れて行った。なんと、主の栄光が神殿に満ちていた。(エゼキエル43:1-5 新改訳2017)


そして、続くエゼキエル44:1-2では、その門が閉じられたことが記されています。「彼が私を聖所の東向きの外の門に連れ戻すと、門は閉じていた。主は私に言われた。『この門は閉じたままにしておけ。開けてはならない。だれもここから入ってはならない。イスラエルの神、主がそこから入ったからだ。これは閉じたままにしておかなければならない……。』」最後に、エゼキエル46:12には、東の門から入ることができる「君主」と呼ばれる人が一人いると書かれています。「また君主が……いけにえを主に献げるときには、彼のために東向きの門を開けなければならない。……そして彼は出て行くが、出て行った後、その門は閉じられる。」


エゼキエル書のこれらの箇所は、主イエス・キリスト(イェシュア・ハ・メシア)を指し示していると考えられます。主の栄光が神殿に入って来る様子(エゼキエル43:2)は、イエスのエルサレム入城として読むことができます(マタイ21:1-11)。「主が入ったのだから、門を永久に閉じろ」という命令(エゼキエル44:2)は、イスラム教徒による東門の城壁化を予告しています。そして、門を開くことのできる「君主」(エゼキエル46:12)とは、再臨のイエス・キリスト(イェシュア・ハ・メシア)ご自身——オリーブ山に戻って来て(ゼカリヤ14:4)、東門を開けてエルサレムに入城する平和の君——のことであると考えられます。



234 views0 comments